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ド底辺営業日記

コミュ障アラサー、おまけに喪女が営業職

三途の川の渡し賃すら値切りたい

ひとりごと

愚痴なので切ります。

 

朝起きて、着替えて、トーストを焼いただけのものをもそもそと食べる。そして出社する。仕事をする。見積金額、請求金額、先方の購買部からの値引き交渉、計画値への不足分。

家に帰る。空腹と体中が重いのとを天秤にかけて食事を先にするかお風呂を先にするかはまちまちだけど、基本空腹が勝つので、もやしとか豆腐とかを食べています。でもお豆腐って最近そんなに安くない。もやしと卵でおなかを満たす事が多い。なんでこんなに貧乏なんだろう、とわびしい食事をみて考えることも多いし、何よりも最近「金、金、金」お金の事ばかり考えている気がする。

仕事でも私生活でも。

この間、何に使ってるのかを振り返ってみて、意外に黒字なんて書いていたけど、実際はギリギリ赤字にならない生活なのです。皆で支払った時の端数とか、クリーニングに出した物の量が多いとか。これから暑くなるから、より一層クリーニングの量が増える・・・憂鬱だ。

なんで、一応正社員で、総合職なのにこんなにお金がないのだろう。なんでこんなに手取りが少ないのだろう。増えるのは税金ばかりで、今年の昇給も税金が上がった分で消えました。

やりがいとか、自己実現とかでなく、日々生きるのだけで精一杯で他の事なんて考えていられない。生きていくだけでこんなにお金がかかるのか。生きるために働くのだ、と言えば聞こえは良いのかもしれない。清貧と表現すれば見た目は良いのかもしれないけれど、外見としては見窄らしいものだ。

先日も、実家に帰った際に持っていた鞄がボロボロなのを親や兄弟に指摘されました。「新しいちゃんとした物を買いなさい」両親は酷く嫌そうに私の鞄を見てそう諭した。自分の買える範囲内で買った物なのがそんなにいけないのか、身の丈にあった持ち物を否定されるのは自分の生活を否定されたように感じ、それまで何ともなかったその鞄を持つのがとても恥ずかしくなってしまった。

兄弟からは「昔親に買ってもらったブランド物を持てば良い」と助言された。そこで思い出した。みっともないからと言われて渡された、全く好みではない高い鞄。そんなのよりも米を買ってくれた方が嬉しいのに。缶詰でもいい。

実家の部屋を探して、箱に入ったままであった鞄を持ってみた。

服や靴とバランスが取れていなくて、余計に貧相な出で立ちになった。

母の日、兄弟達より時間があると言い含められプレゼントを代表して買った。定価の部分は後日割ってもらって、消費税分はこちらが負担した。我ながらガメツくて嫌になるけど、その消費税の数千円程度すら今の私にはつらい。でもそこまできっかり割ると「ケチ」と言われるのが嫌で、面と向かって言われるのはまだ慣れなくて見栄を張った。

その後追加で花を買う時には兄弟一緒に居たので、お店では上に払ってもらって後で割った分を払おうと思っていた。プレゼントの方を買ったから良いとも考えていた。支払い終わった後、下から「支払いの時だけ居なくならないでよ」と怒られ、酷く情けなくなった。

家族、兄弟の中で一番低い、ぶっちぎりで低い生活をしている自覚はある。なので時折家族のはずなのに、ついて行けなくなる。自分も働いているはずなのに。

それくらいには、お金がない。