ド底辺営業日記

コミュ障アラサー、おまけに喪女が営業職

相対的貧困

あくまでも私の話なのであしからず

 

最近よく聞くこの単語。これ、なんなんでしょうね?

食べられないとか、生きて行く上で必要最低限な物が無い貧困ではなく、社会の中で周囲と”比較”した貧困という事?なんでしょうか。色々見てみると、手取り収入から家賃とかの必須事項を引いて8万5千円未満なら該当するらしい。難しいような大雑把なような。

という事は、同じ手取り16万円の収入で一方は家賃5万円の家で暮らしていてもう一方は8万5千円位の家に住んでいたら、後者はこれに当たるけど前者は含まれないってことなんですかね?5万円の方も本当はそっちに住みたくても我慢や努力で5万円の家に住んでいるだけで、貧困ではなくなるのでしょうか。後者も別に我が儘な訳ではなくて色々考えて食よりも住だ!と割り切って充実した生活をしているのに”貧困”と定義付けされてしまうのでしょうか。もしかしたら数値的には"貧困"にならない前者の人の方が自分を貧困だと感じているかもしれません。

なんだか難しくて良く分かりませんが、最近貧困とか下流とか、そんな単語をよく耳にするので気になりました。

そういえば私もよくこのブログで自分を『貧乏』としていますが、そう言えば何と比較しているんだろうと不思議になりました。

友人?知人?兄弟??多分それらも勿論比較対象になっていますが、一番比べているのは『過去の自分』なのではないか、と気がつきました。というのも、学生〜数年間働いていた会社は今の収入よりもずっと良かった上に実家から通っていたので、数万円親に渡してあとは全部自分の物✨という生活をして来れていたのです。今思うとものすごく幸運で有り難い事です。その頃の生活と言えば、飲みに行ってボトルを開けたり連休になれば旅行へ行きブランド物を買ったり、毎月洋服やネイルをしたりしていました。

そんな生活と比較していれば、お小遣いは3万円程度で食費や日用雑貨の購入額を気にして、ギリギリの生活をしている今は明らかに『貧乏』と感じます。いや、環境云々言う前に純粋に収入だけで考えてみても周囲はもちろん、過去の自分の金額にさえ及ばない状況です。けれど面白い事に転職しなければ良かったとも、実家を出なければ良かったとも思わないのです。

こんな事を書くと、本当に大変な人からしたら腹が立つでしょうし、自分自身周囲と比較して惨めになったり、そんな感情が嫌で人と会わなくなったりもしているので常にそんな前向きに考えている訳はありません。そんなだったらもっと明るい人間になれているはずです。

勿論、苦しい生活の人もいるのは知っています。義務教育なのに、学校に行けないくらいの子供や子供を食べさせるだけで自分はほとんど口にしないなんて話もTVでみます。そういった人が声を出すのは、または気がついた人が代弁するのはとても重要でしょう。

ただ、SNSやこういったブログとかが普及し過ぎた事で、昔なら知らないで終わっていたような上流世界の生活を垣間みて、自分と比較して”富裕層”と“貧困層”と分けるのは違和感があります。充実している生活をしているかどうかは本人が一番わかる事だと思うのです。

そして、当人が辛い、苦しいと声を出しているのを、○○だから違うと否定するように、これが出来ているから"貧困ではない"、出来ないから"貧困"と区分するのも妙な話だと感じるのです。

 

なんだか論点がぶれすぎていて何が言いたいのか分からないようになっていますが、要は、この"相対的貧困"という言葉、中々に曲者な言葉だと思っています。

 


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