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ド底辺営業日記

コミュ障アラサー、おまけに喪女が営業職

東京都出身ってどこまでよ?

ひとりごと

仕事柄、初対面の人と話す事が多い。

営業なので当たり前だけど、これが全くなれない。仕事の話をしている時は良いけれど、そうでない時の当たり障りのない会話が苦手。おお、コミュ障の呪いよ。

下手をしたら30分間気候の話しかしなかった、なんて経験もある。今思うと30分も気候の話をし続けられた方が凄い。

それでも長く働くうちに最近出身地の話がレパートリーに増えた。

 

何故こんな話をしているのかと言うと、出身地で思い出すのが、このところよく耳にするのが「『京都の人』はある一部分しか『京都』と言わない」「京都なのは京都府全体ではない」という話。エピソードとしては『京都人こわーい』って話なんだろうけど、別に京都に限った話ではないと思う。

 

東京も同じだ。

23区と都下、23区内でも港・中央・渋谷とその他の区、とか上下じゃないけどなんか優劣みたいなのがひしひしとある...気がする。

 

同じ都内、県内でもなんか違う

京都府民の感覚に話を戻すと、実際知人の京都府出身の人も、「宇治だから...」とか「伏見だから」といってよくわからない謙遜をしていて、上下まではいかないけど地元民の感覚として何かあるらしい。

出身ではない私からしたらそれがどの範囲からなのか全く分からない話で、あくまでも彼らの中での区分だと感じつつ、東京に置き換えてみるとあら不思議。なんとなく分かる。

 

相手『ご出身どちらですか』

私「東京です」

相手『私もです』

ここで共通の話題が見つかったと思うじゃない。違うんだ。

相手『私、世田谷なんですが何区ですか』

そう、恐ろしい事に区しか範囲に含まれていないのだ。

私「都下です」

相手『あ...そうなんですか』

会話はここで終了してしまうのだ。

 

私は今は東京に住んでいて、生まれも一応東京だけど、23区生まれではない。

23区どころか、かろうじて東京、同じ都民でも存在を忘れ去られる市出身。いっそ東京駅から群馬とか栃木へ行く方が交通の便が良いとんでもない場所で生まれている。もっと言ってしまえば飛行機で韓国とか台湾に行く方が近い。


なので23区の東京出身者からしたら同郷ではないといった扱いを受ける。都下は都ではないのか...? 『都下』って名前の時点でなんか『都』から除外されている感満載だ。都の下って改めて考えてみると凄い名称だ。いっそ懐かしの名称『武蔵』とかで良いんじゃないか。だめだ武蔵は23区も入ってる。

 

白状してしまえば後ろ向きな意味合いでなく、区民と都下民ではターミナル駅も遊ぶ場所も全く違うので同世代でも話が合わない事も多いのだ。勝手な想像だけど、京都府民の区分もそんなものだったりするのかもしれない。

分かり易い例でいくと遠足が「上野動物園」か「多摩動物公園」かの違いは大きい。多摩動物公園にはパンダはいない。いるのは剥製だけだ

 

23区同士でも区分がある

恐ろしい事に、この区分はまだ細分化されるらしい。23区ホラー。

23区内でも山の手の内側と外側、山の手内側の上と下。メトロの有無。カテゴライズ細かすぎる。それに比べたら士農工商のおおざっぱな事。

脳みそ8バイトババァには理解出来ない。

 

上記のような場面に遭遇すると、23区の枠にも入れない私は早々に戦線離脱して、もっぱら効果音に徹することになる。都下出身の友人と2人で多摩川上流の素晴らしさを語り合いながら観戦する。既に戦場に混ぜてもらえない事は当然の流れである。

たいてい港区渋谷区の人間の勝利で終了だ。変化球で明治時代から中央区民とかの人。それかもっと細かく分ければ麹町とか成城松濤用賀などの高級住宅地。

この勝利はなんなのか分からない。大マウンティング大会だろうか。それでも遭遇率はピカチュウ程度にはある戦いなのだ。

とある区出身の友人はこの戦に下手に巻き込まれると大やけどを負うので、極力関わりたくないと言っている。いーじゃん区民、と思うけどやっぱりなんか違うらしい。

 

東京都出身と言って良いですか

都下は嫌いではないけれど、卑屈100%の感想を述べよう。

混じりっけなしの卑屈さから勝手に思い込んでいるだけかもしれないけど、23区出身の人に『私も東京出身〜』と言い放つのは勇気が必要だ。

気にしない人は多いかもしれないが、冗談でも「え、でも区じゃないじゃん」と言われた事は多い。

出身地を「一応東京都」と表現する『一応』は相手への配慮なのだ。

電話番号03に憧れを持ちつつ、高尾山に思いをはせて生きていこうと思う。

 

  


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